神、自然、文化と人が共創するまち

神山

「邪馬台国は阿波だった」と言われている

”神山”の中心、大粟山。

その名の通り、日本神話に登場する穀類の神様、大宜都比売命(おおげつひめのみこと)を 主祭神とする上一宮大粟神社があることから、古くからこの地に人々が集い、粟などの穀物を生産していました。

それにちなみ、神山は「粟生の里」と呼ばれ、 徳島県の名物、阿波踊りの”阿波”の語源とも言われています。

そして、江戸から明治時代にかけて、阿波人形浄瑠璃が盛んに上映され、その舞台を飾った壮観な襖絵が残る、神と自然と文化が色濃く交わる土地といえます。

その一方、この10年、Sansan株式会社を始めとした、計16社のIT企業が、本拠地と離れ自然の中に小さなオフィスを構える、サテライトオフィスを開き働きながらにして、自然やその文化と共生する生活を送る、そんな最先端の土地にもなっています。

町の人口は5000人あまり。

人口は緩やかに減っている。

ふつうの田舎町だったらよそ者は地元に馴染むのに時間がかかるのは必然

しかし、20年以上も前から、アーティストインレジデンスで世界中から芸術家を招聘してきた神山はよそ者が町にいるのは当たり前で、その「違い」を楽しんでくれる人の率がやたらと高い。

だから町のあちこちに普通の山間の田舎町では出会えないようなちょっと変わった日常がいくつも隠れていて、掘れば掘るほどその魅力に引き込まれてしまう、そんな感覚を覚える。

世界中から厳選されたコーヒーの生豆を取り寄せて、小さなロースターを使って毎朝少量づつ豆を煎るこだわりの焙煎所。

4匹のヤギと散歩をしているおじさんは、聞けば以前はワールドクラスの映画の予告を編集していたとか。

ある人が神山に移住したきっかけは、世界中を20年以上旅して定住の地を神山に決めた友人が誘ってくれたから、

さらりと答える。

最近ではすっかり地方移住の代名詞となった神山。

「神山塾」や「ワーク・イン・レジデンス」など次々と生まれる新たな動きを支えてきたのが1990年に設立したNPO法人グリーンバレー。

海外在住経験者が多い経営陣はレジデントのアーティストや移住者を家族のように受入れ、彼らが神山で創りたい物ややりたい事のアイディアを聞くと、

「やったらええんちゃうん!」と無邪気な笑顔と寛容な心で背中を押してくれる。

そんな古くて新しいこの町神山で生まれた人、神山に移住した人たちと出会い、またいつでも訪れるきっかけを創る。

次に、神山に来た時に「えっとぶり(久しぶり)」と声をかけてもらえるような旅にアレンジします。

Curator

NPO法人グリーンバレー理事長

中山竜二

21年間のサラリーマン生活に区切りをつけ、2010年に神山町に移住。自給自足に近い暮らしを目指したが、当時、神山にカフェがなかったので「粟カフェ」という名前のカフェをオープン(名前の粟は、穀物の神様を祀る上一宮大粟神社よりいただく)。暮らしているうちに、神山が大好きになりすぎて、神山の魅力をたくさんの人に伝えたいと思い、7年間営業したカフェを友人に譲って、現在、神山魅力伝道師を目指している。趣味はカヤックで川下り。外で手軽につくれる料理を研究中。

ツアーの詳細とお申し込みは

株式会社タビゼンのサイトにてお願いします。