一日2組限定の人気宿 HOUSEHOLDが

氷見の日常にこだわるワケ

LOCAL DIVER INTERVIEW

#1HOUSEHOLD 笹倉慎也さん・奈津美さん

富山県氷見市

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富山県氷見市の海沿いに佇む宿・HOUSEHOLD。

「家庭」という名からも分かるように、氷見の日常に根差した体験に着目し、いま県内外から人気を集めています。

運営するのは、もともと東京でバリバリのビジネスパーソンだった笹倉さん夫妻。

移住前後のリアルな心情と、宿に込めた思い、そして愛すべき氷見の日常についてたっぷりお話を伺いました。

前後編に分けてお送りします。

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不安の中で出合った、運命のビル

――お二人はもともと、東京で働いていたんですよね。

なぜ氷見に?

慎也 僕は広告業界で働いていました。

それで転職を考えている時に「別に東京じゃなくてもいいな」と。

地元が富山で、仕事もたまたまあったというのが本当のところです(笑)。

奈津美 私はウェブ系の会社でディレクターとして事業企画などを取り組んでいました。

当時、吉祥寺で一緒に住んでいたんですけど

彼が先に氷見に行ってしまい、私は自分のプロジェクトを完遂してから行こうかなと思っていたんですけど、

東京で一人で暮らすというのが不安になっちゃって。

慌てて上司に、「ごめんなさい!」って言って、会社を辞めて。

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――宿をしたくて移住したわけではなかったんですね!

最初どんなお仕事を?

 

慎也 公務員です。氷見市の市役所で、ホームページのリニューアルするために専門職として入りました。

 

奈津美 私はフリーランスでウェブの仕事や、企業の広報だったりとか、なんでも屋さんみたいなことをやっていましたね。

ただ正直、先行きは見えなかった。

――暮らしも環境もこれまでとまったく違いますもんね。

慎也さんは市役所での仕事は順調だったんですか?

 

慎也 民間企業での経験とのギャップは正直ありました。

最初は、自分でいろいろ提案をすることに価値を置いていたのですが、役所ではそれよりも地域の人たちとどれだけ意見を交わしたかという点が重視されるそういう意味で学びでもあり、戸惑う部分もありました。

 

――そんなお二人が、どのように宿をはじめるようになったのでしょう。

 

奈津美 当時、海から離れたマンションに住んでいました。

マンション内のコミュニケーションって、氷見でも都会と変わらず、挨拶もないような感じだったんです。

でも、こっちでできた友達の家に遊びに行くと、隣同士とかご近所の付き合いが深くて、それがうらやましくて。

引っ越しを決意して、せっかくだから歩いてすぐに海に行ける場所がいいなと思って、片っ端から海沿いの古い空き家を探しました。

――不動産屋を頼らずに?

 

慎也 ひたすら訪ねて歩いて、家主の方に会って話をしたり手紙を書いたりしていましたね。

 

奈津美 ただ、なかなか条件が折り合わず、一年半ぐらい家が見つからなかったんです。

そんな時、たまたまめっちゃデカいビルを見つけて。

元呉服店だったんですが、すごくビビッときました。

それで、オーナーを探してご挨拶に行ったら

「貸せないけど、売ってあげるよ」みたいな。

 

慎也 破格の値段でね。

それで決断しました。それがこのビルです。

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豊かな食があれば、楽しく生きていける

――当時おいくつですか?

 

慎也 32です、彼女が30のころ。

 

――この時、市役所は……。

 

慎也 プロジェクトが終わったので、辞めていましたね。

 

――素朴な疑問ですが、収入が途絶えていて、奈津美さんの仕事も東京と比べて少ない。

その間どのように生活をしていたんですか?

 

奈津美 貯金を取り崩してはいましたけど、そもそもこっちは生活費がすごく安くて、食事も下手するとほぼ貰い物で成立できてしまうので。

料理さえできればなんとかなるんです(笑)。

 

――生活費が安いとはいえ、なぜそんな前向きなマインドになれたのでしょう。

 

奈津美 そうですね……自分もこっちに来て大きく価値観が変わったんです。

移住当初は、これくらい稼ぎたいという目標があって、

そこに届かなくてとてもつらい気持ちになっていました。

そんな時に、友達のおじいちゃんが所有している山でミョウガを掘らせてくれて大きな袋いっぱいに2袋分ぐらいいただいた。

友達に魚の取り方も教えてもらった。

そんな自然と向き合う経験をしていくうちに、

「海に潜れば魚がいて、山に行けば野菜があるし、現金収入がなくても楽しく生きていけるんじゃん」って気づいたんです。

その時に、「稼がなくちゃいけない」という強迫観念から逃れられたんです。

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――それは、HOUSEHOLDの試みとつながっている気がしますね。

奈津美 そうだと思います。

 

――宿の構想はビルを買った当初からあったんですか?

 

慎也 最初は、とりあえず住んでみようということで、

住居をDIYでつくっていきました。

壁とか天井とか、半年くらい毎日壊していましたね(笑)。

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奈津美 私は、ゲストハウスに泊まるのが若い頃から好きだったので、「できたらおもしろいな」っていう考えも持っていたんですけど、まさか氷見に来てそれをやるとは思っていませんでした。

でも、このビルに出会って、自分たちが住む以外に空いてるフロアが3フロアあるので、そこを使って何かおもしろいことができないか、と思った時に「宿だ」と。

 

――そこから開業まで一直線?

 

慎也 そうですね。

ビル一棟リノベーションするために、銀行にお金を借りて、

工事して。それまで宿はおろか事業をやったこともないから、

まずいくら必要かも分からない。

でも、もう買っちゃったしやるしかない、っていう感じでしたね。それで、2018年7月に、HOUSEHOLDがオープンしました。