小倉の暮らしを味わう
小倉

九州の玄関口であるここ北九州は、都市エリアと住宅エリアと海・山・川といった自然とがちょうどよい具合に近接していて、コンパクトで暮らしやすいまちになっている。
とはいえ、地方都市というとどうしても田舎のイメージが強く、そこに暮らす若者の多くは「何もない」と物足りなさを感じて都会を目指す。
ぼく、西方俊宏もそのひとりだ。
大学で福岡に、卒業後は熊本の温泉旅館に就職し、観光産業を通して田舎まちの盛り上げ方を学んできた。その後、思いもよらぬ転機が訪れたのは2015年。
ゲストハウス「タンガテーブル」の番頭を務めに、地元に帰ってくることになった。

北九州には遊ぶ場所もないし、刺激的なスポットもない。
あるのは田舎の風景と、都会のようになろうと試みて、チグハグになってしまったまちの風景だけ。
なんとも古くさいその姿に、居心地の悪さと閉鎖感を覚え、子どものころは理由もなく嫌っていた。
時を経たいまは、古くささの中にもしっかりとした体温を感じられる。時代とともに消えていきそうになりながら、多くの人に守り続けられてきた歴史や文化があって、いまも粛々と次世代に引き継がれようとしている。
そんなことに気付けるようになってから、いつの間にかこのまちを好きになっている自分に出会う。

引き継がれるものは決して建物や空間だけではない。
この土地に根ざした食文化やその中にある知恵も、時代の流れに合わせて少しずつ形を変えながら、私たちの生活の中に溶け込んでいる。
たとえば、ぬかだきという郷土料理がそのひとつ。
イワシやサバをぬかと一緒に炊き込こむと、青魚独特の臭みがとれ、長期保存にも適し、カルシウムや乳酸菌も豊富に含んで、身体が喜ぶ一品になる。
北九州の台所「旦過(たんが)市場」の老舗になると、8時間以上も炊き込んで、骨まで食べられるほどほろほろに。
文字通りまるっと平らげられる。
「この食文化を北九州だけで止めるにはもったいない。県外の方の日常食にも仲間入りをしてほしい。」
と語るのは、地元で管理栄養士を生業にしている
山岡かえさん。

「文化の継承は誰かがやらないといけないと思っています。
歴史的なこともそうですし、商いであったり、お祭りであったり。
私はこの地に根ざした食という文化をこれからも守っていくお手伝いができたらな、と思っています。」
きっとどのまちにもそうした様々な文化があると思う。もしかしたら今までは、その文化に対して田舎くさいなんて言って、興味を持つこともなかったかもしれない。
しかし、一度立ち止まり、目を向けるところを少しだけずらしてみてはどうだろうか。

それに「何もない」ことは決してマイナスなことばかりではない。
逆に言えば「何でもできる」ということ。
「何もない」まちはむしろチャンスに溢れていて、新しいことをしようとする時には、とても条件のいい場所とも
捉えられるのではないだろうか。
ここ北九州の日常を感じ、
私たちとともに体験することで、自身の故郷のことをもっと深く知るきっかけがどこかに転がっているかもしれない。
そんなきっかけを一緒につかめたら、これほど素敵なことはないだろうと思う。

Curator 西方俊宏
1989年生まれ。大学卒業後に「観光業を通してのまちづくり」を学ぶため、熊本の温泉街にある旅館に武者修行。 3年後の2015年に地元である北九州にUターンし、「Hostel and Dining TangaTable」の開業チームにジョイン。
TangaTableという場で、旅人と地元に住んでいる方々との接点を創出し、その時、その場でしか味わうことのできない「ひととき」を演出してきた。 真新しいものではなく、すでにあるまちの魅力の再発見、再編集をすること、それらをこれから旅に出かけようとする人々へ発信することが使命だと感じ、日々活動中。