400分の1という存在意義が育む「生きぬくチカラ」を自らにも問う

大川村

離島を除いて日本で1番人口の少ない村が、高知県にあると聞いて、驚く人も少なくないだろう。

ここは四国のど真ん中。吉野川の源流域にあたり、標高1,000m以上の山岳に囲まれたV字型の谷あいに、およそ400人・220世帯が16の集落に分かれて暮らしている。

単純掲載で、1人当たり260㎡という、密の対極にある世界。

集落と言っても、例えば「84歳のおばあちゃんが1人で暮らしているおうち」1軒のみの集落があったり、標高差が380mと、縦に長すぎる集落があったり。

俗に言う「田舎暮らし」ではなく、もはや「山暮らし」といっても過言ではない。

この大川村も、かつては4,000人以上の人口を誇り、

鉱山がもたらす富から「四国で1番栄えている町」と称されることもあった。

鉱山が閉山となり、ダム建設に伴って集落が移転するなど、いわば「人間による経済活動が招いた過疎化」で、次々と人がこの地を去っていった。

じゃあ、現在の大川村はいわゆる

限界集落なのか。

その答えを体験できるのが、このLOCAL DIVERだ。
自宅の裏山をみんなが集うお祭りの場所にしようと、10年以上の歳月をかけて、100本の桜や6万株の芝桜・菜の花を植え続けた夫婦がいる。

この地は今、村の人口の実に5倍・2,000人以上が訪れる「さくら祭り」の会場になっている。

地域おこし協力隊員として村民と関わる日々から、暮らしを自ら創るという幸せや、400分の1という自分自身の存在意義を実感し、村に恩返しがしたいとの気持ちから、史上最年少で村議会議員になった若者がいる。

村の女性と結婚した彼は今、4世代家族の柱として、村の未来を仲間とともに創っている。

子どもの頃に読書に目覚めた女性が、80年以上をかけて買い集めた本を村に寄贈した女性がいる。

「どんぐり文庫」と名付けられた書庫には、日本文学や植物図鑑などざっと1,400冊もの本が並び、村に暮らしながらも世界へと繋がる扉が今日も開かれている。

何もなければつくればいい。

生きるというより、生きぬくチカラ。

山から湧き水をパイプで引っ張ってくるのも、垂直の岩壁に名前の書かれた養蜂箱が置かれているのも、往復50kmの通学路を路面凍結の真冬でも自転車で通うのも、すべてはこの生きぬくチカラの賜物。

VUCA時代と呼ばれる先行き不透明な今だからこそ、あなた自身の生きるチカラ、そしてこれからの生き方やあり方を、村民全員が親戚のようなこの村で育むことができますように。

Curator

近藤 京子(こんどうきょうこ)

大川村生まれ・大川村育ちの、自他共に認める「大川村の広報大使」。およそ1,500人が友達となっているFacebookを中心に、大川村の今を毎日のように発信している。大川村ふるさと村公社の職員として山歩き・集落歩きのガイドを務め、「おるかよ~」の掛け声と共にゲストと村民を次々と出逢わせていく達人。予約開始30分で1,500人分が完売する伝説のイベント「謝肉祭」創始者の1人でもあり、大川村への愛情と誇りに満ちた、みんなのお姉さん的な存在でもある。現在、お遍路4周目に突入。孫も誕生しておばば業にもさらにエネルギーを注いでいる。