"シマダカラ"の暮らしに「あるものを活かす生き方」を探究する

うるま

那覇空港から車で1時間。

沖縄本島の真ん中の東海岸が、「サンゴの島」という意味のまち・うるま市だ。

ここは、地元の英雄・肝高の阿麻和利(きむたかのあまわり)が

琉球王国と闘った地。

戦後、沖縄本島における最初の行政機構が置かれ、復興がスタートした地。離島苦にあえぐ地域住民が、1つひとつ石を運んで海に道路を作った地。

廃校となった校舎で、インターネットを活用した未来型の学校が活躍する地。

そう、うるまには、たくさんの挑戦の物語があふれている。

そしてこの挑戦とは、何も特別に気合を入れてふんばって取り組むものではなく、日々の暮らしの中で、呼吸をするように当たり前のように積み重ねられてきた、日常のひとコマなのだ。

ダイブするフィールドのひとつである、うるまの島しょ地域。橋で繋がった4つの島々と1つの離島から成り、文化も空気感も性格もそれぞれに異なる5色の彩り。ここでは今も、挑戦が日々紡がれている。

この地に共通しているのは「あるものを活かす」という生き方だ。

この“あるもの”とは、なにも物資的な資源だけではない。

ありのままの自分という存在に、

正直に、受け入れて、肯定して。

朽ち果てた古民家を100%DIYで蘇らせて、自らの幸福を語る

フィンランド生まれの脳科学者。

家族と共に自然農の恵みに生かされる幸せを、詩で表現している暮らしのアーティスト。

海外のアーティストが「一緒に住みたい」と指名する、生粋の親善大使おじぃ。

琉球王国時代に活躍していた木造の「マーラン船」を造ることのできる沖縄唯一の船大工の4代目。

空き家になった生家を地域活動の拠点にしようと、日々模索を重ねる島の仲間たち。

島の宝であり、島だからこそ(=シマダカラ)の、well-beingを体現する人たちとの出逢いが、この地とあなたの未来に橋を架けて、これからの生き方・あり方を探究する旅路のはじまりとなりますように。

Curator

田中啓介(タナカケイスケ)

2016年、息子の誕生に合わせて妻の生まれ故郷であるうるま市に移住。「100年後のうるまをつくる」を理念に掲げる地域づくり会社「一般社団法人プロモーションうるま」に参画し、ファシリテーター&プロジェクトディレクターとして、うるまをより本質的に豊かでおもしろい地域にすべく活動中。2019年からは、ゆらぎとなぎが生まれる場づくりを目指す「ゆならぎ」としての歩みもスタート。ホールアース自然学校理事、グローバル教育推進プロジェクト(GiFT)Diversity Facilitator、これまでの訪問国は延べ80カ国。寺田本家とパタゴニアをこよなく愛する40代。